THERAPYNIAの誕生

THERAPYNIAの誕生

宇陀は、季節によってまったく違う顔を見せる。

朝の光がそっと山を照らす日もあれば、
霧が静かに大地を包む日もある。

その変化の中で少しずつ、
この土地の声に導かれてきた。

宇陀の風景の中で、聞こえてきたもの


宇陀松山の町並みを歩いていると、
ふと、遠い時代の息づかいが胸に触れる瞬間がある。

薬草文化が根付いていた飛鳥時代。
この土地ではどんな生活が営まれ、
どんな人が、どんな想いで日々を重ねていたのだろう。

野草を籠いっぱいに抱えた婦人──
その後ろを、笑い声をあげながら追いかける子どもたち──
森の奥では、男たちが根深い薬草を掘り、
さらに奥では、一人の男が弓を構え、
鹿の気配にそっと寄り添っている──

植物と、山の命と、祈りのような暮らし。
そのすべてがひとつに溶け合い、
千年前の宇陀は、静かに息づいていた。

その風景が、今でも薄く残香のように漂っている。

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奥大和ビールとしての8年間


奥大和ビールとして歩んできた8年。
ただひたすらに、
“植物の恵み” をクラフトビールという形で表現してきた。

発酵の音、ハーブの香り、仕込みの熱。
そのすべてに宇陀の空気が混ざりあい、
自然と大地に寄り添うようなものづくりを目指してきた。

だけど、ある時ふと気づいた。

植物をただ扱うだけでは、この土地の深さには届かない。

薬草の街は、ただの呼称ではなく、
ずっと昔から“文化を育ててきた大地”だった。

この土地の声を、もっと深く聞きたい。
その想いは、年々強くなっていった。

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宇陀の野生酵母は静かに力強く発酵を続ける

薬草文化の深さに出会った日


薬草文化は、「技術」でも「素材」でもない。
それは、暮らしそのものだった。

推古天皇の薬狩り。
修験道の祈り。
光明皇后の施薬院。
正倉院に眠る薬物文化。
そして、推古天皇没後1000年の節目に生まれた森野薬草園。

名だたる製薬会社の創始者が
この地から多く誕生したのも偶然ではない。

人が薬草文化を育てたのではなく、
薬草文化に人が育てられてきた。

その事実に触れたとき、
胸の奥で静かな灯がともった。

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ブランドの限界と可能性


奥大和ビールという名前は、
大切に大切に育ててきたもの。

でも、宇陀の文化の深さに触れれば触れるほど、
こう思うようになった。

この器のままでは、表現しきれないものがある。

例えば、
植物の蒸溜。
ボタニカル飲料の調合。
蒸気浴や宿で植物による養生。
宇陀の文化を体験する拠点。

そのためには、
ビールを超えて、大地へと根を伸ばしていく必要がある。

その必然が、静かに輪郭をあらわし始めた。

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2018年奥大和ビール立ち上げ当時撮影


奥大和ビールという存在は、樹木で例えるなら、いわば “花” や “果実” の部分なのかもしれない。

そこに辿り着くまでには、
葉が茂り、
枝が伸び、
節が育ち、
幹が太り、
根が大地に深く沈んでいる。

その根の部分──
宇陀の文化、薬草の歴史、土地の記憶。
そこを見つめることで、
ようやく、本当の姿が少しずつあらわれてきたのだと思う。

“養生の国”が生まれる


THERAPYNIA(セラピニア)。

それは、
植物によって整えられ、
自然とともに暮らす
“養生の国”の名前。

ここには、
クラフトビールも、蒸溜酒も、ボタニカル飲料も、蒸気浴も、宿泊も、食も、学びもある。

けれど、それらはただの事業ではない。

宇陀という土地に根付く文化を、
現代にもう一度咲かせるための
“ひとつの物語”なのだと思う。

すべてのはじまりは、大地にある。

奥大和ビールは、
より深い場所へ潜るために、
THERAPYNIAという新しい器を選んだ。

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THERAPYNIAとは、


宇陀の文化とともに歩むブランド。

植物を発酵させ、
植物を蒸溜し、
植物の香りで整え、
植物と眠り、
植物と暮らす。

それは、
大地と人の関係をもう一度結び直す旅のようでもある。

僕たちはこれからも、
宇陀という大地に根を下ろしながら、
文化を育て、つなぎ、未来へ渡していきたい。

しあわせは、一杯の植物から。


飲みものは、ただ味わうだけのものではない。
それは、土地の記憶であり、
人の暮らしであり、
祈りのかたちでもある。

奥大和ビールの8年は、
THERAPYNIAという“養生の国”へ向かう
静かな序章だったのだと思う。

ここからまた、
新しい季節がめぐっていく。


しあわせは、一杯の植物から。

 

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